雨の日、見知らぬ男性に声をかけられました

雨の日の夜、傘なし親子

先日、雨の日に息子を保育園に迎えに行ったときのことです。

大した雨は降らない予報で、高を括って傘を持たずに出かけたら、帰りは雨。家にビニール傘が増えていくことが大嫌いで、「このぐらいの雨ならいけるだろ!」と息子にはダウンジャケットの帽子を被らせて、私はぱらつく雨もなんのその、2人で手を繋いで必死に家へ向かっていました。

突然、声を掛けられました

寒いなぁ!って言いながら歩いていたら、横から突然声を掛けられ、「これ、どうぞ!」と若い男性。ん?と思うと、大きなビニール傘をこちらに向けて差し出している。

傘を持っていないのは自業自得なので「いえいえいえ」と固辞するも、「いえ、お子さんいますし」とずいっとすすめられる傘。

躊躇していると「僕、家近いんで」と傘を押し付けて、パーっとその男の人は走っていってしまった。しかも、どんどん遠くへ走っていく。全然、おうち近くないし。。

あまりの、圧倒的な好意の塊に、私も息子もびっくり。

「お兄さん、傘くれたねぇ」「名前なんていうのかな」「どうやったら返せるかな?」と息子。息子も与えられた大きな好意はさすがによくわかっているようでした。

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東京で、善意の塊に出会った

今の日本で、こんな、見知らぬ人の圧倒的な善意の塊みたいなものに出会うものなんですね?!

外国にいくと、台湾とかトルコとか、ものすごく親日家の多い国で、フラフラしている観光客の私にやたらと優しくしてくれる人に出会うこともありますが、この東京の真ん中でー!

善意っていうのは、もうまっすぐと人の心に届き、心を溶かすものだなぁと思いました。

目の前で落とし物や忘れ物をした人に声をかけたり、妊婦さんやお年寄りに席を譲ったり、なんてことはまあ、ないことはないですが、こんなね、自分が濡れても見知らぬ人に好意を差し出すなんてこと、なかなかできないですね。

かっこよすぎです。

陰徳を積むべし

陰徳という言葉がありますが、いや、ほんと、人が気づかないような小さな徳を積むことって意味があるんだと思いました。徳を積めば自分にいいことがある、とかそういうことではなくて、傘を貸してくれたお兄さんは、私たち親子にこんな感動を与えたわけです。誰かをこんなにも喜ばせることってすごいじゃないですか。何か落ち込んでることがあるお母さんだったら泣いちゃいますよ。

世界は平和だな

善意は感動を生み、感動をした人はまた善意を行うようになる。それも心の奥から自然に発する気持ちで。これってなんかすごいですよね。こういうことが毎日起こっていたら、世界は平和になりますよ。

いつか同じ道でお兄さんを見つけたら、絶対お礼を言おうね、と息子と約束しました。

そして、いつか困っている親子がいたら、手助けできることがあればやりたいなと。

そんなみんなが幸せになる小さな親切、やってみませんか?